ふつうの商い

毎日手足をバタつかせて、なんとか今日の形を維持している。そこに一貫性があるのか無いのかも分からない。商いを始めて以来、もうずっとそんな感じなので、そんな僕たちのもとへ、開業などの相談をしてくださる人が現れると、いつも少し戸惑う。と同時に、「小さくても確かなことを仕事にして、愉快に暮らしていきたい」という、同じような風景を見ている人が多くて、なんだか嬉しい気持ちにもなる。でも、具体的で効果的なアドバイスなんて、何ひとつ持っていないし、それならこんな人を紹介しますよ!なんて人脈も、残念なほどにないので、やっぱり申し訳ない気持ちになる。

日々を改めて見直しながら、相手のために言葉を選んでいると、なんだか自分に言い聞かせているようだな、と気付く。口から出てくるのは、面白くも目新しくもない、本当にふつうのことなのだ。ひとつひとつコツコツと、とか、真面目にやってればなんとかなる、とか、お客さんを大切に、とか。

ネットやSNSが当たり前の時代になって、個人の発信力が強くなり、ちょっとした有名人や有名店もどんどん増えていく。そういう人たちの考え方を綴った本が、続々と出版される。やり方や考え方、仕組みを勉強できる。あれもこれも面白そうで、タメになりそうで、刺激を受けたり惹かれたりする。

でもなんだろう、上手く言葉にはできないが、そこにずっと小さな違和感がある。

僕たちは、正体もわからないこの小さな違和感に、とりあえず正直でいることにした。まずは自分たちの事情をしっかり抱えて、目の前の具体的な1日に向き合う。上手いやり方、素敵な考え方、すばらしい仕組み、そういうものを否定するわけではないが、あらゆる情報(人)に反応する形(賛同であれ、敵意であれ)だけで過ごしてしまうことを、できるだけ避ける。

野鳥や野良猫を眺めながら、そんなことを想う。

商いなんて、本当はきっと、誰でも知っているようなことが大切なのだ。ひとつひとつコツコツと、とか、真面目にやってればなんとかなる、とか、お客さんを大切に、とか。それらを、自分の手の届く範囲で、再発見できるかどうか。

考え方や生き方を考える時間は、確かにたのしい。でも、つくったものの中から、生まれた関係性の中から、もっと手触りのある形で、偶然発見できるもののような気がしている。そうして見つけた言葉は、きっとその人だけのもので、それが仕事になるのだと思っている。