ちょうどいいコーヒーの見つけ方

第6回 移ろいを愉しむ

 

 「ちょうどいいコーヒーの見つけ方」と題して、思いつくことを色々と書いてみているのですが、ここまではすべて「ちょうどいいコーヒー豆って何だろう」という話になっています。「評価」なんてあまり気にしないこと、自分の感覚で愉しむこと、豆の焼き具合を愉しむこと、好きなお店を見つけることなどについて書きました。

 この豆に関する話の最後に、「移ろいを愉しむこと」について書こうかなと思っています。そしてこの話は、コーヒーのことだけではなく、もっと広く、生活において大切にしていることかもしれません。

 僕は、コーヒー屋としては、仕入れている豆の種類が極端に少ないです。主に、ひとつのブレンドだけを作っているので、多い年でも3種類くらいの生豆しか仕入れていません。平均なんて調べたことはありませんが、20~30種類くらいでしょうか。50種類や100種類のお店も少なくありません。

 「色々飲んで、これが一番だ!と感じたのだろうな」と思われることが多いのですが、そういうわけでもありません。探せば色々とあるのでしょうが、そういうことをある時やめました。そして、偶然一番最初に焼いた豆であるブラジルに戻ってみることにして、以来、数種のブラジルをブレンドした豆ばかりを焼いています。

 すると、コーヒーは農作物なのだな、という当たり前のことを実感することになりました。同じ豆を仕入れても、毎回ほんの少しずつ表情が変わりますし、同じ配合にしたつもりでも、ほんの少しずつ風味が変わるのです。

 焙煎だって、日々の気温や空気の具合、生豆や焙煎機の調子などによって、ほんの少しずつ変わります。そして、そんな豆を使って、毎日生活の一部としてコーヒーを淹れているのですが、これまた少しずつ変わります。それは、焙煎後の移ろいや、自分の身体の状態などによるのでしょう。

 これほどまでに気付きがあるのは、同じ豆を使っているからです。そして、少し口に含んで状態を確かめたり、評価したりという姿勢ではなく、生活の一部として、コーヒーを愉しんでいるからです。生活の飲みものであるコーヒーをつくるためには、生活の中でコーヒーをのむことが大切なのだと感じます。

 移ろいを愉しむとは、長い付き合いを前提として生まれる姿勢です。近年、平均寿命は延びているはずなのに、なんだか何事も時短!時短!で、効率の良さばかりが目立ちます。無数に増え続ける選択肢を効率よく巡るために、すばやい判断を下すクセが身に付いてしまったのかもしれません。

 そういう時代だからこそ、時には、すぐに精算してしまうことをやめて、長い目で見る機会を自分に与えてやることが大切なのかもしれません。様々な回転が速くなり、長い目で見る機会を失うと、自分のことしか考えられなくなり、それはとても貧しいことだと思うのです。縁が見えなくなるということですから。

 「ちょうどいい」と想えるコーヒーに出逢ったのなら、どうかその移ろいを愉しんでみてください。日々の小さな変化に眼差しを注ぐことで、きっといくつもの愛おしさが生まれるはずです。

 次回からは、ちょうどいいコーヒーの淹れ方について書いていきます。