時代おくれの琴線

ラジオから、河島英五の「時代おくれ」が流れてきて、少々昔の印象深い喫茶店のことを思い出す。

中深やきを淹れて、珈琲時間。


「余白珈琲」を開く前までは、5年ほど居酒屋で働いていました。

大阪・梅田、雑多な路地にある、昭和の歌謡曲がずっと流れているような酒場(今はもう潰れて、別の海鮮居酒屋になっています)。

今思い返しても、僕は居酒屋には全く似合っていませんでした。

自分に合った仕事だとか、好きな事だとか、やり甲斐や愉しさなどといった色々とは、対極にあるような場でしたが、焙煎機を買いたい一心で続けていました。

昼夜逆転の朝帰りが基本だったのですが、夜明けの帰り道、たまに店の近くの喫茶店に寄っていました(ここも今はもう潰れて、不動産屋になっています)。

寡黙な老夫婦(「いらっしゃいませ」も含めて、ひと言も聞いたことがない)が営むこのお店で、美味しくはないコーヒーを黙って飲みながら、その日の色々をリセットすることが好きでした。

また、喫茶店に行かない日は、何でもいいのでブラックの缶コーヒーを買って、薄暗い朝の街を歩いて帰っていました。

これも結構好きでした。

この美味しくなくて、何でもいい「コーヒー」が、なぜだか琴線に触れ、温かささえ感じることは、僕にとってのコーヒー原体験かもしれません。

そして、その何でもいい「コーヒー」を、同じくらいの価格でどこまで美味しくできるのかは、ひとつのテーマでもあります。

もちろん、人それぞれが持つ弦に、温かく響くことを一番大切に。

 

2017年11月3日