スキマ

夕飯の支度をしようと思ったけど、その前にコーヒーを淹れてスキマをつくる。

台所で飲むコーヒーもいいものです。

僕の人生にはスキマが多い。

学生時代、通学途中に学校を通り過ぎ、時々「市民の森」という広々とした公園へ向かうことがありました。朝起きるのは得意だったし、学校も嫌いじゃなかったけれど、なんとなく目的地を通り過ぎてみる。まあまあ遠いのですが、市民の森の高台にのぼって、街を眺める。

スキマ風に吹かれて、ぼーっと考え事をした後(1番遅かった日は、昼のお弁当を食べた後)、学校へ。もちろん、ただの遅刻なので、あとで怒られるのだけれど。

高校3年の冬、両親の蕎麦屋が廃業となり、「元」実家は売りに出されました。お金がかかるし、妹もいるしなーと製菓の専門学校を諦め、なんとなく受けた大学は落ち、スキマができました。何者でもない時間を過ごしました。

周りが大学生や専門学生、社会人として何かに所属する中、僕はスキマで想いを巡らせていました。

1年後、結局大学生になってみるのですが、お金がもったいないからと、すぐに辞めることになります。この「中退」は、いかなる理由があったとしても、社会的には厄介な経歴なようで(面接で、色々な人に色々なことを言われました)、なかなか就職できなかったので、たくさんのスキマをアルバイトで繋ぐことを選びました。

学歴も職歴もいらない。それでも信頼してくれる誰かの役に立てるように。

何かを作り、お店をするということは、14歳の時から決めていたので、アルバイトで貯めたお金で焙煎機を買いました。独学には時間がいるからと、アルバイトを辞めてスキマを作ることもありました。生きていくために必要なお金が尽きてしまう手前までは、スキマで何かに向き合い、考える時間をつくる。

そんな選択をしたのは、18歳の自分に突然できたスキマが、結果として大きなものをもたらしたという実感があったからだと思います。

スキマには風が吹きます。それは時に、痛いほどに冷たい風かもしれませんが、風を感じられない窮屈な場所も辛いものです。

こういう仕事をしていると、生きることに少し疲れた人と出逢うこともあります。それぞれの事情があるので、簡単には何も言えませんが、風をあつめ、コーヒーでも飲みながら、時折潜っては浮かぶ生活も、案外いいものですよ。

さ、今日のおみおつけの「み」は、長芋と小松菜、厚揚げです。

 

2017年11月28日
台所にて